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弥生杯体験レポート

 この大会は1997年3月9日、中目黒スクエアにて、慶応大学の池田忍と沼田正樹が中心となって行われたクイズ大会です。
 近年行われているオープン大会は難化の一途を辿り、いつも実力者ばかりが勝ってしまい、努力をしてもハードルが高すぎるためになかなか予選を抜けられないプレイヤーに対して、存分に活躍してもらうことを理念として行われた大会です。
 そのためこの大会は、近年のクイズ大会で決勝やそれに準じた成績を残した人は参加を遠慮してもらい、また上位に進出した人でも大学1、2年生という育ち盛りの者には参加してもらうという制限を加えたものになりました。
 私はでじま杯4位という成績があったため、この大会の出場資格がありませんでした。それで、当初は大会の見学をしていたのですが、途中からスタッフっぽい役割を果たすことになりました。この大会の過程を、私の視点でお贈りします。
 ちなみに今回、「一口メモ」が一つもありません。問題から解答へのつながりの意味が分からない場合は、問題集を手に入れるか、図書館で調べてください。


スタッフ
 司会:池田忍、沼田正樹
 問読み:大倉太郎
 正誤判定:秋田芳巳
 問題チェック:半田茂幸
 音響:栗田修
 (病欠):永井荘一郎

 他、慶応大学の後輩達

見学スタッフ
 山本剛、田中伸之、黒巣弘路、鈴木舟太


弥生杯スタッフ(左から大倉、忍、秋田さん、沼田、半田、栗田)


1R:50問ペーパークイズ(全員→60)

 当初、参加者は100人来れば良いという見方であったが、その予想をいい意味で裏切る人数が集まった。総参加人数は144人。いきなり開催した大会にしては凄い人数である。スタッフ側もこんなに集まるとは予想だにしておらず、参加要項等を緊急に増刷し、後から来た十数名はイス無しでペーパークイズを受けることとなった。それと当然、見学者のためのイスも無かったので、私も床に座って予選のペーパーを受けさせてもらった。
 ペーパークイズは通常のオープン大会で楽々予選を勝ち抜ける人がごそっと抜けていることを想定して、基本的・社会的・一般的な問題が揃っていた。作者である沼田に言わせれば、日本で普通の生活を送っている人間なら10点、渋谷のコギャルでも5点は取れるペーパーとのこと。私は快調に鉛筆を走らせ、見直しを十分にできるほどの余裕を持てた。終わったとき、黒巣と共に、オープン常連者なら40点は行っていると、見学者である意味の再認をした。
 その後、秋田さんが49点、黒巣が45点、私が42点ということがわかる。また、大会後に半田が44点、舛舘さんが46点、忍48点、大倉46点、栗田42点と、参加資格の無い者やスタッフは軒並み40点代であることが判明した。ただ当日はそんな事情を知るわけないので、わ〜い40点も取れたよ〜と脳天気なことを考えて、馬鹿丸出しで後輩に自慢していた。
 スタッフがペーパー解答用紙を回収して、スタッフルームへ持ち込んでいた。早く解答が知りたいという下心を持ちながら「採点手伝おうか?」と慶応の後輩に聞くと、部屋が狭いからとりあえずはいいですと丁重に断られる。数十分は会場内の人と話をして、ボーダーは25点くらいかということを話していた。ただ、いつまで経っても解答発表をされる気配がなかったので、もう一回スタッフルームに行ってみた。
 中に入ると、なんとまだ採点作業をしていた。さしあたって手伝うことは無いかと聞くと、「じゃあ、この予選通過見込み無しの25点以下の人を点数順にまとめて下さい」と言って紙束を渡される。「え?25点で通過見込み0?」これを聞いたときは驚いた。最終的にボーダーラインは30点。まだまだ強い人はたくさんいるんだな〜と思うと同時に、今までこんなに活躍の場が与えられなかった人もたくさんいたんだということで、今の自分は恵まれていることがわかった。
 そんなハイレベルな予選をくぐり抜けた60人がまとまった。60位は知る人ぞ知る早稲田の御大・小野大佐(オバQ)。予選通過者に用意された60のネームプレートは、1から20位は赤、21から40位は青、41から59位は黄色で縁取られていたが、大佐のものになったネームプレートは、みすぼらしいガムテープで縁取られたもので、シャレになる人がこの順位で良かったと安心する。
 1位は水野卓(ダスファンクラブ東京支部)で44点。他、通常のオープンでは目立った活躍をできなかったプレイヤーが数多く勝ち抜けており、この大会の趣旨が十分に生きていた。
 話はまたネームプレートに戻るが、これがまた作るのが大変。通常の大会はあらかじめ予選を抜けそうな人の名前を印刷しておき、予選終了後はそれに順位を張るという形で行われている。今回はどんな人が参加して誰が予選を抜けるかという予想が困難であったため、あらかじめ印刷して用意するということはしなかったので、予選終了後から結構時間がかかってしまったのである。

 そんなこんなでスタッフルームは大忙しであったが、ようやく作業が終了。2Rを始められる状態にまで整った。お手伝いは終わったから会場に戻ろうとしたが、「んじゃ舟太、このネームプレート渡しをやって」と言われ、60枚のプレートを渡される。こういうのはウルトラクイズのレイギャルみたいに女の人がやった方がいいから、後輩の隅山恵理(血へどの会)にやらせたら?と言おうとしたが、その隅山が55位で予選を抜けていたので、何も言わなかった。


2R:2○2×クイズ(60→36)

 司会の忍と沼田と共に、会場裏で待機。しばらくして会場から栗田が音楽を流し始め、それと共に忍と沼田が勢いよく会場へ入っていった。それに続いて目立たないように、60枚のプレートを持って私がすーっと会場内に入った。
 2R開始にあたり、通常の大会ならば1位の発表となるが、この大会は逆を突いて最下位通過者の60位を最初に発表。大佐の名が呼ばれると、会場内が大きく沸き上がった。Ryuさんから「あとで千六本ノックをしてやるぞ」と訳の分からないことを言われていた。
1組目
予選 6位 松石徹(血へどの会)
予選12位 豊田治(宇宙企画)
予選18位 真野貴史(デンジャラス)
予選24位 小倉剛(じゃがいもの会)
予選30位 千田裕之(慶応大学)
予選36位 矢野了平(味将軍グループ)
予選42位 堀滋(血へどの会)
予選48位 打田博之(都立大学)
予選54位 津内口真之(なんたまクラブ)
予選60位 小野大佐(オバQ)
 バラエティ豊かな人々が揃った最初の組。

1問目「考案者は玩具第1事業部営業課の/」
矢野「たまごっち」

 1問目は狙いすましたかのように矢野がゲット。続く2問目は大佐が取り、

3問目「外務省のものは「霞」、東京証券取引所のものは「兜」/」
大佐「記者クラブ」

予選最下位通過の汚名を晴らすかのような素晴らしい押しを決め、かっこよくガッツポーズを取って3R最初の進出者となった。その後は松石、豊田さん、矢野と抜け、残る席は2つ。

16問目「後に東京水産大学のものとなり「はやぶさ丸」/」
打田「第五福竜丸」

この正解で、打田君が5人目の勝者となる。私はモンキーズカップに行く途中のムーンライトながらで沼屋暁夫(テンプル大学JAPAN)から紹介されて彼を初めて知ったのだが、よもやこれほどの強さを持っているとは予想していなかったし、逆にこうした目立たなかった存在の人が活躍できて良かったという感があった。最後の席は小倉さんがものにした。

2組目
予選 5位 遠藤誠(猫実工科大学「ばんぺい」)
予選11位 宮澤大輔(モルヒネーズ)
予選17位 白井達(駒澤大学)
予選23位 神山学(キムチクラブ)
予選29位 風見浩(筑波大学)
予選35位 小林崇(法政リバティ)
予選41位 佐藤泰司(サタデーサイレンス××)
予選47位 山下修(RZP)
予選53位 杉原隆裕(千葉大学)
予選59位 大友利幸(大和グラビヤ)
1問目「薬事法では、中毒量が常用薬の10分の1以下である薬のことを「毒薬」とし/」
大友「劇薬」
2問目「火あぶりになった後、心臓だけが/」
山下「ジャンヌ・ダルク」

序盤から凄まじい早押し合戦。3問目で「山口組」を正解した大友が最初の勝者となる。しかし、劇薬と山口組を正解して勝ち抜けとは過激である。続く4、5、6、は3問連続で宮澤君が解答権を取り、2○1×で2人目の勝者となり、3人目は山下さんが入ってその後は膠着状態。

14問目「原作者はショラム・アレイヘム/」
神山「屋根の上のヴァイオリン弾き」

読まれた問題よりも答えの方が長いのではという正解で神山が4人目に入り、続く15問目で目立たないながらも着実な押しで遠藤が5人目の勝者となる。最後はセット限定20問目で小林さんがラスト抜けを果たす。

3組目
予選 4位 丸山淳(仁徳天皇陵保存会:亀甲緊縛)
予選10位 増田秀直(ビートきよしを励ます会)
予選16位 松村憲昌(沼津ひもの連合)
予選22位 飯田暁(城北埼玉高校)
予選28位 西田司(モネダ宮殿)
予選34位 矢野淳一(千葉大学)
予選40位 渋谷裕司(駒形さんをファイナリストにする会)
予選46位 菅原誠治(なんたまクラブ)
予選52位 岡村悟史(雑草軍団)
予選58位 曽根喜則(布施正きゅう舎)
 他の組よりかはオープン常連組が揃った3組目。序盤は誤答が目立つ波乱含みの展開だったが、増田、西田、渋谷、丸山さんと上位組が順調に抜ける。しかし全般的な誤答、スルーの多さから18問を消化しても勝者が4人しか決まっておらず、20問消化時の得点が注目されるようになってきた。残り2問、それまで1度も解答権を取れなかった菅原さんが最後の最後で二連取をし5人目の勝者となり、20問終了したことで判定により矢野が最後の席に着いた。
4組目
予選 3位 深澤岳大(ペンショントマト:大岡フェチ前)
予選 9位 石渡健太郎(新経済革命倶楽部:鰐部哲也(「ともべたつお」と読む))
予選15位 鈴木雅也(メモリーズ)
予選21位 志村真幸(慶応大学)
予選27位 鶴祐一(東京大学)
予選33位 石塚領史(みちのくプロレス)
予選39位 松本隆一(なんたまクラブ)
予選45位 沼屋暁夫(テンプル大学JAPAN)
予選51位 大川修司(駒澤大学)
予選57位 松尾浩(大阪大学薬学部クイズ研究会「サリドマイド」)
 大会で名が通った人と、通っていない人の差がくっきりしている組。もっとも、知名度でクイズの勝敗は決まらない。こうした知名度の高い人を倒してのし上がることが、ある意味この大会の意義がでもある。とは言っても、上位者は負けろ〜と言っているわけでもないのでご注意を。

1問目「初代は宮里秀徳、最後は有賀幸作が/」
松本「大和」

この見事な先制攻撃を決めた松本さんが3問目も正解してトップ抜け。

6問目「昨年夏に発売した短篇集のタイトルは「したたかすぎるぜパリジェンヌ」。一家揃っての金遣いの荒さでも話題になった、先日オレンジ共/済」
深澤「友部達夫くん!」

これで本人?を差し置いて深澤が抜け、深澤に続き志村が抜け、沼屋、雅也の就職大丈夫か?組が順に抜け、最後は大ベテランの石健さんが滑り込む。
 この組は結局、大会ベテラン(?)6人がそのまんま抜けるという、全くの無風状態で決まってしまった。

5組目
予選 2位 井上幸治(国際赤十字:ババール様)
予選 8位 春日誠治(美浦・二本柳一馬厩舎)
予選14位 村上浩一(タイ王国:タノムサク)
予選20位 西岡能範(明治大学)
予選26位 駒形哲郎(何も思いつかない)
予選32位 小林大介(駒形さんを称える会)
予選38位 西村友孝(駒ちゃんファンクラブ)
予選44位 斉藤英司(早稲田大学)
予選50位 高見賢一(鹿島アントラーズ)
予選56位 高橋誠司(なんたまクラブ)
 上位4名が頭一歩抜けだし、他は横一線といった感じの組。明治と一橋の人数の多さが際だっており、明治5人、一橋3人とほとんど対抗戦状態であった。明治は実に予選通過者60人中14人が通過しており、サークル全体の強さを語るに十分であった。
 また、ここで遂に各サークルに彼を称えるファンが山といる一橋の未来のエース・駒形が姿を現した。彼がこの大会で初めて予選を通過したことは、きっと未来永劫語り継がれることだろう。
 さて肝心のクイズの方は、序盤に数名がポイントを取った後、

6問目「2つの川に挟まれた細長い地形が象の鼻/」
こーぢ「ハルツーム」

さすがババール様、象の問題は落とせないということで速攻で取り、見事1抜け。直後の問題を春日が取り、さらに西村、西岡と、明治大学のワン・ツー・スリー・フォー・フィニッシュ。5人目は東急ハンズで買ってきた唐草ジャケットでビシッと決め、頑張っていた村上が入って一橋が一矢報いる。最後は斉藤が入り、全員現役学生が勝ち抜けた。というよりも10人中9人が現役学生だったから別に不思議でもないのだが。

6組目
予選 1位 水野卓(ダスファンクラブ東京支部)
予選 7位 藤嶋和幸(アルバニアねずみ講促進委員会ティラナ支部)
予選13位 高山慎介(沼田正樹ファンクラブ)
予選19位 相田聡一(一橋大学)
予選25位 森家盛(早稲田大学)
予選31位 串戸尚志(金曜会)
予選37位 西村陽(雷々軒)
予選43位 石井大輔(警察予備隊)
予選49位 金沢高資(鉄道研究会)
予選55位 隅山恵理(血へどの会)
 ようやくペーパートップ・水野卓が紹介される。またこの組には、ただ一人女性で予選を抜けた隅山がいた。この組は全員が現役学生で、当然といえば当然だが全員が私よりも年下か同年だった。

1問目「アマチュアレスリングの選手としても3年連続でオランダチャンピオンになったことがあるという、東京/」
高山「アントン・ヘーシンクさん」

わざわざ外国人に「さん」を付ける高山に、深澤が「外国人に「さん」を付けるな〜」とヤジを飛ばす。3問目にテトロドトキシン→フグというつながりの問題で水野が正解。この時、串戸がひきつった笑いをしていたのが印象的だった。(理由を知りたい方は、「’96K−1グランプリ体験記」を読んでください)その後は誤答・正解が織り交ぜられなかなか抜ける人が出なかったが、9問目にして森が最初の勝ち抜け。それに相田が続き、

14問目「昭和43年には当時の首相・佐藤栄作の誘いを受けて参議院選挙に出馬し、見事当選を果たしている、その4年前の東京五輪で「東洋の魔女」/」
高山「大松博文さん」

まるで狙ったかのように日本人名にさん付けをして勝ち抜け。これを受けて今度は深澤が「死んだ人に「さん」を付けるな〜」と再度ヤジを飛ばした。次に苦戦していた水野が4人目でようやく抜け、石井が5人目の勝者となる。さて、この時点で昨日の一橋オープンでノビさんに肉薄し準優勝した串戸がまだポイントを取っていない。17問目になんとか1点を取るが、18問目、問題を最後まで読み切った後で金沢が解答権を得て、ゆっくりとした口調で「バズーカ」を正解して、一橋オープン準優勝者を下して3R最後のイスを獲得した。串戸はどうやらテトロドトキシンの毒にやられてしまったようである。

 ちなみに途中で気付いた方もいるでしょうが、ここまでのプレイヤーの所属は偽サークルです。ペーパークイズの欄に偽サークル名を書いてもらったのですが、各自の胸の内にだけしまってしまうのももったいなかったので、ここで発表しました。以下からの所属が本当です。えっ?2Rで負けた人の所属?自分の乗っていた電車が震度5強の地震の直撃を受けて2時間45分車内に閉じ込められたことに比べれば大した不幸ではありません。気にしない気にしない。

2Rの光景(3組目)


3R:コース別クイズ(36→12)

3R:[1]早押しボードクイズ
 参加者
予選 9位 石渡健太郎(明治大学OB)
予選10位 増田秀直(明治大学4年)
予選11位 宮澤大輔(駒澤大学3年)
予選12位 豊田治(KITANクラブ)
予選21位 志村真幸(慶応大学1年)
予選23位 神山学(早稲田大学1年)
予選25位 森家盛(早稲田大学3年)
予選28位 西田司(慶応大学1年)
予選34位 矢野淳一(千葉大学1年)
舟太「半田、半田、何かサポートをしてくれと頼まれたのだが。」
半田「あっ、得点のチェックやって。」

 半田が担当している「問題チェック」というお仕事は、問題の押したポイント、押した人、誤答での解答などをチェックするという、表に出ない地味な仕事だが、オープン系大会にはなくてはならないお仕事である。ただ、早押しボードとなると一人でチェックするのは難しいので、私がこのラウンド以降、半田のサポートをすることになった。もっとも、そんな大したお仕事ではないのだが、「もし間違えたらど〜しよ〜」とか内心はちと不安だった。

 実力的に接近したプレイヤーが出揃ったという印象。早押しの実力ならば増田が一歩抜け出ている感じであった。

1問目「昭和35年1月24日に自ら命を絶ったが、その日は寒かったので誰もが心筋梗塞による病死だと思い/」

エピソードのみで志村が解答権を得る。全体的に筆の運びが遅いが、出だしということで普通のボードに解答。結果、この「火野葦平」を正解したのは志村と西田の慶応勢のみ。どうやら志村はこれを簡単だと思っていたらしく、赤い紙を使うことは全く考えなかったようである。これで使っていれば一気に7点と他を圧倒できたチャンスだったのに....続く2問目も志村が解答権を取って正解し、6点として他のプレイヤーを引き離す。

3問目「昭和2年に西村新八郎が創業した当時の社名は金鶴香水。昭和34年に社名を「丹頂」という/」

森が志村同様の凄い押しで解答権を取る。だがここでも普通のボードを使用。結果、単独正解にも関わらず3点。4問目に石健さんも解答権を得て単独正解と、こちらも赤い紙を使用していれば8点が入っただけに、正解をしたにも関わらず後々どう響いてしまうかが見どころとなった。その後も凄い押しをするのに、赤紙がなかなか使われず、飛び抜けた得点を取る者は出てこなかった。
 中盤、増田が誤答と、赤い紙を使ったのに3点しか取れなかったことで状況的に苦しくなる。だが、この赤い紙の失敗直後、二連取、三連取と立て続けに解答権を取り正解を重ね、とうとうトップに躍り出る。

13問目「1877年にスティルソン・ハッチンズ/」

もはや増田を止めることは不可能。この「ワシントン・ポスト」も解答権を取って単独正解。「赤紙さえあれば」という声をかき消すほど場内が騒然となり、13点として早押しリーチをかける。

14問目「53歳になった1952年のヘルシンキオリンピック開会式で、自らの像が飾られたスタジアムを聖火リレーの最終ランナー/」

これも増田が解答権を取り、「パーボ・ヌルミ」を正解して五連答。圧倒的な強さを大会において初めて開花させ、会場の視線を釘付けにし準決勝への最初の勝ち名乗りを上げた。


怒涛の五連答でトップ抜けした増田(中央)

 その後、神山が早押し解答権を得て誤答した「ニオブ」を、科学王・西田が単独正解してトップに立ち、わずか3点差の間に6人がひしめく大混戦。ここから抜け出すのは誰かと注目される状態になった。

17問目「撮影は日本で、フィルムの現像や編集はフランスで行うという方法で制作された/」

 解答権を取ったのは、トップ抜けした増田の先輩である石健さん。先程のパーボ・ヌルミで密かに「コカールくん」とボケていたが増田の前に全く目立たずじまいであったが、こうした経験豊富なプレイヤーは、勝負どころをきちんと押さえているようである。石健さんがこの「愛のコリーダ」を見事正解。ここで初めて赤紙がまともに炸裂し、一気に6点を稼ぎ出して、8人中5位からトップとなり、勝ち抜けを確定させる。その後は残念ながら解答権を取っては誤答でまともに追加点が入らずにそのまま終了。
 結果、石健さんが13点で2位で勝ち抜け、3位には早押し正解が1回しかなかったにも関わらず、8回のボード正解で地道に11点を稼いだ西田が入った。そして序盤に赤紙を使わなかった志村、森は共に10点と、結果論のようにも見えるが、勝負のしどころを間違えたようで惜しい敗戦だった。

オマケ

 前半から後半へのつなぎ目となる9問目、実は結構重大なのではないかという出来事が起こる。この9問目は主点が読まれたので、答えの「猪谷千春」を正解した人が8人いた。8人の点数が加算されて、得点板の表記が切り替わったところで10問目に移っていた。さて、私はというと、10問目を読み始めてもまだ得点を記入していて、増田が解答権を取って赤い紙に書き始めたあたりでようやく得点板に間違いがないかと調べ始めた。「得点板の係も素人じゃないのだから、間違ってるわけねぇよ」と、少し余裕を持っていたのだが、見た瞬間私は青くなった。そう、私の記録と得点板の点数が違っていたのである。違っていたのは森の点数で、私は6点だったのに、得点板は7点になっていたのである。とりあえず半田に聞いてみるが、半田は細かい点数はチェックしていないので当然わからない。司会の忍に、「森の正解を確認して」と頼むが、どう聞き間違えたのか、「森の点数が違ってる?」と聞き返してくる。しょうがないのでそのまま森の点数が6点であることを告げると、あっさりと得点板を訂正。「おいおい、俺のことそんなに信用していいのか?」と胸の内で不安になっていた。こうなると、森が文句無しの勝ち抜けをするか、馬鹿みたいに早押し誤答をして沈みきれば何とも思わないのだが、上記の通り、3位とわずか1点差。これからは、自分の判断に自信を持つべきだということを肝に命じた。


3R:[2]アタック風サバイバル

 参加者
予選 4位 丸山淳(KITANクラブ)
予選 5位 遠藤誠(早稲田大学1年)
予選24位 小倉剛(グランドスラム)
予選36位 矢野了平(東洋大学2年)
予選38位 西村友孝(明治大学1年)
予選40位 渋谷裕司(一橋大学3年)
予選47位 山下修(東京工業大学OB)
予選59位 大友利幸(明治大学3年)
予選60位 小野大佐(早稲田大学OB)
 予選順位の上位・下位の差が目立つが、単純に上位者が勝ち抜けに近いと判断はしずらいラウンドである。

1問目「火の上に三脚を立てて食べ物を調理したことが発展して生まれたといわれる、別名をホッケンギョ、トンド、ドンドンヤキ、などとも/」
小倉「左義長」
2問目「薬品で顔を焼き、沢三泊という/」
丸山「高野長英」

 先制攻撃は小倉さん。2問目は丸山さんが取ってベテラン社会人組が快調な滑り出し。それに対して3問目は遠藤、4問目は渋谷が誤答と、学生組が不安になるような出だし。沼田が「このルールではお手つきをしないことが重要」と注意を促すが、この小さな注意に耳を傾ける者がいたのだろうか。
 中盤からは遠藤と小倉さんの正解が目立ち、小倉さんの方は安全圏内に入ると若干攻撃の手を緩めるも、遠藤は徹底的に攻める展開。


攻め手を緩めぬ遠藤(中央)

14問目「第1作のヒットを受けて「広島死闘編」/」

大友が少し悩んで「トラック野郎」と解答するが誤答。正解は「仁義なき戦い」で、「広島でトラック野郎が死闘しちゃいけませんよ」とつっこみが入って場内大爆笑。

17問目「本名・誠也。大学在学中に雑誌「宝石」/」

これを取ったのは再び大友。だがここでも「旭富士」と解答し、「旭富士は小説書きませんよ」とつっこまれ、笑いと共に完全に脱落。
 31問目にこれまで1問も正解できなかった大佐が2度目の誤答で0点となり、最初の失格者となる。この時点で遠藤と小倉さんが5点でほぼ勝ち抜け圏内。矢野、西村、渋谷の3人が3点で、最後のイスを争っている状態であった。

32問目「山口雅也の「キッド・ピストルズの慢心」や綾辻行人の「眼球奇譚」の表紙デザインを手がけるなど小説以外の分野でも活動を行っている、「魍魎の匣」/」
矢野「京極夏彦」

矢野がここに来ての貴重な正解で、丸山さんと大友が失格し、単独3位に浮上。続く問題を正解しなくてもいい遠藤が取って山下さんを失格にし、とうとう残るは5人。残り1点で後が無くなった西村と渋谷は最後の覚悟を決め速攻で来るも実らず、共に誤答によって失格となった。1位は4点を残した遠藤、2位は3点で小倉さん、3位は2点で矢野が入った。
 記録を後でチェックしたのだが、何と矢野は2問しか正解していないのである。つまり、34問を2○で過ごしただけで抜けたのである。これは裏を返せば、他のプレイヤーが誤答によって自滅していったということがよくわかるものであった。やはりこのルールは、いかに誤答をせずに正解を重ねるのかが重要なようである。


3R:[3]連答ポイントアップ7P到達

 参加者
予選 1位 水野卓(慶応大学4年)
予選 2位 井上幸治(明治大学4年)
予選 3位 深澤岳大(法政大学1年)
予選 6位 松石徹(慶応大学2年)
予選 8位 春日誠治(明治大学2年)
予選15位 鈴木雅也(明治大学3年)
予選19位 相田聡一(一橋大学2年)
予選20位 西岡能範(明治大学2年)
予選35位 小林崇(法政大学4年)
 予選1桁が5人、ネームプレートの赤枠が8人と、最大の激戦区となった。
 開始早々、深澤が「俺、何でここで呼ばれんの?」と疑問を投げかけるが、どうやらこれはボケたのではなく本当に驚いたことらしい。実際、ルールを知らなかったため、途中までルール表を見ながら参加していた。真相は、本人の書き間違えであった。

1問目「第2次大戦直後、新潟市の蔵元・石本省吾が造り出した、阿賀野川流域のきれいな湧き水と/」
春日「越乃寒梅」

 まずは春日が先制、続く2問目も連答し計+3P、次を取れば+4Pであり、早くも勝ち抜けにリーチをかける。

3問目「昭和7年の春場所直前、出羽海一門の力士/」
相田「春秋園事件」

 そうはさせじと相田が阻止。白熱した展開が期待されたが、その後は正解・誤答が入り交じって相殺され、予選上位者が揃ったにしては凡戦が続く。その凡戦から、観衆の目を覚まさせたのは雅也。

15問目「本名ヨアン・デミトロヴィッチ・カサー/」
雅也「ニコライ」
16問目「1875年に、ドイツの郵政大臣エルンスト・シュテファンらの尽力/」
雅也「万国郵便連合」

 前半最大の見せ場はこの雅也の速攻で決めた二連答。三連答こそは逃したが、単独トップに立つ。前半20問を終了した時点で雅也4点、深澤3点、こーぢ1点と、3人しか得点を持っていなかった。逆に言えば、後半戦の成績如何によっては誰にでもチャンスがある。

23問目「卒業後はオックスフォード大学に進学し、後に牧師になったという記録が残っている人物で、イギリスの名門/」

これを深澤が解答権を取ってガッツポーズを取り自信満々に「ラグビー少年!」と絶叫。はて?コイツは何をトチ狂ったのか?と思う瞬間に誤答判定が下り、深澤が「あ、そうだ、何言ってんだよぉ〜」と自分に文句を言っていた。黒巣の「ば〜か」を始め、会場は笑いの渦となった。しかしこの「エリス少年」を誤答したことで深澤は+1Pに減ったうえ、2回目の誤答となり、局面的に不利な状況に陥る。直後に西岡が二連答に成功し、ようやく勝ち抜け争いに参加してきた。30問目に雅也も2度目の誤答で後退し、残り10問の時点で9人全員が0〜3点の間にひしめき、誰が勝ってもおかしくない状況となった。


深澤の「ラグビー少年!」の誤答に悶絶する沼田(写真下)

33問目「ニューヨークとボストンを結ぶ快速列車の名前からアナウンサーのアーチ・マクドナルドがつけた「ヤンキークリッパー」/」
雅也「ジョー・ディマジオ」
34問目「人間の肛門にあると想像されていた/」
深澤「尻子玉」

雅也と深澤がこの正解で一歩抜けだし、危うい位置にありながらも共に4点として勝ち抜けに最も近い存在となる。

35問目「子供の頃には絵の才能を認められ、当時の流行画家だったピーター・リリーに弟子入りしたこともあるイギリスの物理学者で、「バネの伸びは/」
松石「フック」
36問目「フランス植民地時代は国内を流れる2つの川にちなんでウバンギ・シャリという名前で呼ばれていた、首都を/バンギ」
松石「中央アフリカ」

ここに来て松石が連答に成功。これで西岡と並ぶ3点とする。37問目はスルー、38問目に雅也が5点目を取って勝ち抜けを確定にし、深澤も無理をしなければ安全圏内に入った。39問目にこーぢが3点目。最後の席を得るために、こーぢ、松石、西岡の3人が40問目にかけることになった。

40問目「その名前には「うるさくラッパを吹く煮えたぎる所」という意味がある、イタリアのエオリア諸島の中にある火山で、短い感覚でマグマと/」

解答権を取ったのは松石。しばらく考えた後「ストロンボリ」と解答し、西岡とこーぢを最後に振り切って3つ目の席に入った。準決勝進出を決めた深澤が「ルール知らなくても勝てるしな」と、わざとらしいでかい態度をし、場内の笑いを取っていた。


「ストロンボリ」を正解して最後のイスをものにした松石(右)


3R:[4]ボード&タイムレース

 参加者
予選13位 高山慎介(明治大学1年)
予選14位 村上浩一(一橋大学2年)
予選39位 松本隆一(なんたまクラブ)
予選43位 石井大輔(明治大学4年)
予選44位 斉藤英司(早稲田大学1年)
予選45位 沼屋暁夫(都立大学5年)
予選46位 菅原誠治(なんたまクラブ)
予選48位 打田博之(都立大学1年)
予選49位 金沢高資(一橋大学2年)
 3Rのコース別で予選順位の平均を取ると、ここが一番低いラウンドになるのだが、40位代が6人いることから、わざわざ数えなくてもわかるだろう。

1問目「直木賞を受賞した兄弟、今東光の受賞作は「お吟さま」ですが、今日出海の受賞作は何?」

 見学スタッフは全員がわかっていたが、参加者の筆は重い。結局「天皇の帽子」を正解したのは松本さんただ一人。このラウンドのボードは、通常の大会ならば2R当たりで出る、難易度が低めに設定された問題という向きが強かったが、この大会ならばボードにする難度のものが揃えられ、スタッフ側の問題設定配慮が見て取れた。
 最終的に前半のボードは高山が8点でトップ。それに松本さんが6点で続き、村上、石井が5点で勝ち抜け圏内に入る。後半のタイムレースの成績によっては下位グループの逆転は可能であるので、わずか3分間に9人のプレイヤーが勝負をかけることとなった。
 この後半のタイムレースで、ようやく見学スタッフの出番が来た。4人が各自で正誤をチェックし、記録を取るのである。Ryuさん、ノビさん、黒巣と、この3人の早押しを見るだけで飯が二杯は食えるというメンバーだけに、「俺だけ採点を間違ったなんてことにならないように」と祈りつつタイムレースはスタートした。

1問目「1980年に日本とオーストラリアの間で初めて採用された/」
高山「ワーキングホリデー!!」

いきなり高山が大絶叫。だがその余韻も残さず

2問目「ギリシャ語で「速い」という/」
松本「タキオン」

と、次々と問題が消化される。ほとんどの問題は前振りで押されて難なく正解という展開。わずか3分間で、37問も出題された。圧倒的に正解をした高山は少し自信が見えたが、他の8人は複雑な表情であった。各自の採点を持ち寄って、4人全員の採点結果が一致し、採点は一発で決まった。
 結果、高山がここでも10○1×とダントツの成績を残して9点を追加し、合計17点でトップ抜け。2位には着実性を重視した松本さんが4○1×で合計9点で入り、3位は6○3×と出入りが激しい展開だった村上が合計8点でものにした。4位には石井が2○0×で合計7点、3○0×ながらボードが奮わなかった菅原さんが同点4位。わずかな差が勝敗を決した。


敗者復活:ドラマクイズ(敗者→2)

 最初に軽く、「咳をしても一人」を使って、尾崎放哉を例題として演じる。その後、沼田が一度部屋から出て、再び入ってくることでこの敗者復活戦は始まった。
 朝食を食べながら新聞を読み、首相が代わったことや自分が政治を嫌いなことを匂わせる。突如地震が起き、沼田が机の下に隠れる。机の下から出て辺りの様子を見て、凌雲閣が倒壊していることを知らせる。最後に憲兵隊が部屋の中に入ってきて沼田が連れ去られ、最後に忍が一言解説を入れて敗者復活の一人芝居は終了。
 私は、政治の話が出てきたところで暗殺・殺害ものと予想し、少し笑いかけていたが、地震発生の時点でこれはもうあれしか無かろうと、隣にいたノビさんもすでに同じ答えを予想していた。
 一番最初に提出したのは飯田。沼田が朝食で味噌汁を飲んだ辺りでの提出と、ギャンブルっぽい提出であった。その後も続々と提出し、憲兵隊が来て沼田が連れ去った時点でどっと押し寄せたが、もうここまで来ると先着2名には食い込めないだろう。
 結果発表。最初に提出した飯田の答えは「池田菊苗」。どうやら「味噌汁→味の素」と読んだようで、ギャンブルは失敗したようである。その後数名不正解が続いた後で、ペーパー1位の水野卓と、舟橋貴之という慶応組が先着2名の正解者となり、敗者復活となった。どうやら沼田&忍の性格をよく知っている者が有利だったようである。
正解は「大杉栄」と、難しい気もしたが、準決勝へ行くのだからある程度の実力を持ち合わせていて欲しかったのだろう。


準決勝:グループ対決通過クイズ(14→4)

Aグループ        Bグループ
予選 3位 深澤岳大   予選 5位 遠藤誠
予選 6位 松石徹    予選 9位 石渡健太郎
予選10位 増田秀直   予選13位 高山慎介
予選14位 村上浩一   予選15位 鈴木雅也
予選24位 小倉剛    予選28位 西田司
予選36位 矢野了平   予選39位 松本隆一
復活1人目 舟橋貴之   復活2人目 水野卓
 予選順位によってA・Bに分けられ、Aブロックからのスタート。

2問目「宮尾登美子の小説「序の舞」にその生涯が描かれている、代表作に「草紙洗小町」「夕暮」などがある女流画家で、昭和23年には/」
村上「上村松園」
3問目「梅毒により右眼の機能が狂っていたが、ピストルの射撃訓練で眼の調節機能を整えたというフランスの作家で、叔父の親友フロベールに師事し/」
村上「モーパッサン」

開始早々、村上が2連取して最初の通過席に立つ。

4問目「シンシナティ大学の教授として地球化学の確立に貢献したアメリカの化学者で、地殻の元素分析の研究に/」
西田「クラーク」

村上を阻止したのは西田。西田に科学はよく似合う。これでBブロックに解答権が移り、阻止に成功した西田が7問目を正解して通過席に立つがこれは自滅。今度は増田が先制し、

11問目「命名者は詩人のマックス・ジャコブ/」
増田「バトー・ラヴォワール」

増田が素晴らしい押しで3人目の通過席に立つ。直後の問題は水野が誤答。

13問目「作者自身の愛人だったオリガ・イビンスカヤ/」
遠藤「ラーラ」

おそらく会場の大部分の人が何を答えたかのさえ理解不能であっただろう凄まじい押しで遠藤が阻止。その後は長期戦の様相を呈してきて、前半戦はAブロックは増田と村上が大部分を独占し、Bブロックは遠藤、高山、雅也が一歩リードする展開。80問消化した場合、この5人を逆転するのは難しいことから、他の9人は「通過席」という一発逆転にかけるしかないようであった。
 中盤から後半にかけても、勢いが止まらないのは増田。

44問目「昭和29年に細菌学者の長野泰一/」
雅也「インターフェロン」

これで雅也が2度目の通過席だが

45問目「本名サミュエル・ローゼンストック/」
増田「トリスタン・ツァラ」

前の雅也の正解と並ぶハイレベルな押しで阻止。さらに

46問目「1989年にはアルベールビル冬季五輪の組織委員長に就任したものの/」
増田「ジャン・クロード・キリー」

もはや止める者が無いという感じの連答でとうとう4度目の通過席。この時点で勝ち抜けは決定的となった。53問目に遠藤が3度目の通過席に立ち、増田に続く。59問目に増田が5度目の通過席に立ちダメ押しをする。
 中盤戦。Aブロックでは、誤答が先行気味だった深澤にようやくエンジンがかかったようで、43問目、50問目とわずかな間に2度の通過席に立つ。前半あれだけ好調だった村上が、実に40問以上沈黙。Bブロックは相変わらず3人が一歩リード。総括すれば、増田を一番手とし、遠藤がそれに続き、深澤、村上、高山、雅也の4人がそれに肉薄している状況。
 増田、遠藤の勝ち抜けはほぼ決定的であったが、残った12人は混沌とした状態であり、通過席に立てれば勝負をひっくり返すことができる。
 60問目、増田5度目の通過席を阻止したのは高山。

65問目「中世の社会史・経済史の研究に優れ、ガン大学の学長も務めていたベルギーの歴史学者で、中世/」
高山「アンリ・ピレンヌ」

この正解で3度目の通過席。66問目スルーの後、67問目を誤答するが、残り問題数から考えて3つ目の席を手に入れたと表現するに十分な状況だった。この時点で増田が通過席5回、遠藤、高山が共に通過席3回、深澤、村上、雅也が通過席2回。これ以下のプレイヤーが逆転するには、通過席にかけるしか無くなっていた。

72問目「本名は保次。11歳の時に横浜でオーストラリアの漫画家フランク・ナンケベルに漫画を学び、新聞・雑誌を中心に/」
矢野「北沢楽天」

これで矢野が2度目の通過席。通過失敗後に逆のブロックで数問は消費されることから、これがラストチャンスとなる可能性が高い。73問目は高山が誤答し、

74問目「第1作の「旅館」から最後の「桟橋」まで24本が制作された、森繁久弥/」

解答権を取ったのは矢野。これを正解すれば劇的な逆転となる。

矢野「社長シリーズ」

しばし沈黙後、誤答の音が無情に鳴らされる。

問題文続き「と淡島千景、伴淳三郎と淡路恵子、フランキー堺と池内淳子の3つのカップルがほとんどの作品で登場する往年のドタバタ喜劇映画シリーズを、題名に必ず付いていたある場所の名前を取って何シリーズという?」
答え「駅前シリーズ」

という、惜しい誤答であった。75問目は水野が正解して初の通過席。76問目スルーの後、

77問目「津村病院の看護婦・高石かつ枝/」
深澤「愛染かつら」

水野最初にして最大のチャンスを潰したことで、深澤がポイント数で村上、雅也に並ぶ。また、矢野にもチャンスが回ってきたことになったが、わずか1ポイントの差がとてつもなく重い。78問目は攻撃の手を緩めない増田が正解。残るは2問。

79問目「1925年にドイツの化学者ノダック夫妻が/」
深澤「レニウム」

最後のチャンスをものにしたのは深澤だった。これで3度目の通過席となり、80問目に雅也が阻止すれば並ぶが、淡い期待もむなしく、高山の誤答で決着した。
 このラウンド、攻守が目まぐるしく変わるのに理解しづらいということはなく、早押しのスピード感も手伝って、観客は大いに沸き、私も見ていて「誰が勝つのか?」と楽しめた。隣に座っていた黒巣は「俺もやりて〜」と興奮し、ノビさんは「みんな凄い押しをするね」と感心するほどであった。


混沌とする勝負の行方(左から忍、深澤、松石、増田、村上)


決勝:7○3休(4→1)

参加者
予選 3位 深澤岳大 2R:4組目2位 3R:連答アップ2位 準決勝:2位
予選 5位 遠藤誠  2R:2組目5位 3R:アタック風1位 準決勝:1位
予選10位 増田秀直 2R:3組目1位 3R:早押ボード1位 準決勝:2位
予選13位 高山慎介 2R:6組目3位 3R:ボード&T1位 準決勝:2位
 先に問題を見せてもらったが、準決勝の「押させる系問題」とうって変わり、この決勝戦は知識を競う問題が揃っていた。
 実力からすれば増田が優勝に近いだろうが、深澤の勝負強さ、遠藤の正確さ、高山の積極性といった、1年生3人が持つそれぞれの力は、勝るとも劣らないだろう。んで、私の予想は結局うやむやのままに終わるのだった。

1問目「日本初の女性医師養成機関として、明治33年に東京女医学校/」

解答権を取ったのは深澤。少し考えた後で「吉岡せい」と答えるが誤答。問題文の続きが読まれる。

続き「現在の東京女子医科大学を創設した人物で、日本で3番目の女性医師であることでも知られるのは誰?」

それに続いて「吉岡弥生」の解答が告げられ、「ここでやっと「弥生」が出ました。」と、この大会名称の弥生に関する問題が、決勝戦にして初めて出題された。大会参加者の中には、弥生に関することを調べてきて、ペーパーの得点を1点でも多くあげることを考えていた者に衝撃を与える狙いがあったのだろう。

3問目「横綱在位わずか2場所という最短記録を持つ人物で、引退後大相撲に権威をつけるために歴代横綱の選定作業を行って、初代を/」
高山「陣幕」
4問目「現在は三重県神川地方が主要な産地となっている、硯や碁石の黒石の材料/」
高山「那智黒」

高山が先制点を挙げ、さらに連答してリードを広げる。

5問目「イギリスでニュートンに出会い、彼の学説を初めてオランダに/」
増田「ミュッセンブルク」
6問目「本名は田中倬太郎。明治40年に岡倉天心の指導のもと、山崎朝雲、米原雲海らと日本彫刻会を結成した彫刻家で、代表作に/」
遠藤「平櫛田中」

各自の持ち味を生かした正解で増田と遠藤が1点を入れる。7問目に高山が誤答した後、一気に均衡が崩れる。

8問目「最高峰は標高1100mのフィト山。南太平洋のサモア諸島にある島で/」
遠藤「ウポル島」
9問目「1945年8月、ニグロリーグ、カンザスシティ・モナクスのジャッキー・ロビンソンに声をかけて」
遠藤「ブランチ・リッキー」
10問目「「松雲が東京にきて聞きつけたのも、この新時代の跫音である。和尚が耳にした狭い範囲だけでも、」という一文で未完に終わっている、その題名はマルセーユで見たピュヴィス・ド・シャバンヌの絵からつけたという、島崎藤村の絶筆と/」
遠藤「東方の門」

高山が3休の間、遠藤が3連取を決め、4点として3人を一気に引き離す。特に10問目は深澤、増田という強豪に対して押し勝っての得点であるから貴重であり、同時に深澤や増田からすれば1点詰め寄るところをさらに引き離されてダメージを受けたことを想定すれば、非常に大きな正解であった。
 中盤に入った辺りはスローペースとなり、増田、深澤が1点ずつ加点。18問目に遠藤が5点目を取りにわかに優勝が迫ってきたことで会場がざわめき始めるが、19問目は答えがひねり出せず、さらに戻った直後の23問目は勘違いという、遠藤らしくない誤答でしばらく休むことになった。遠藤が休みの間に、準決勝同様に前半はいいところがなかった深澤が浮き上がってきた。まず20問目を正解して2点目。

25問目「詩集「恋する女の道」や小説「ティコ・ブラーエの神への道」などで知られるドイツの作家・演出家で、大学時代からの友人、フランツ・カフカの遺稿/」
深澤「マックス・ブロート」
26問目「紀元前648年の第33回大会から競技種目となり、シラクサ出身のリグダミスが最初の優勝者となった、反則は噛み付く/」
深澤「パンクラチオン」

深澤が2連答で遠藤に1点差に迫る。

27問目「登山家としても知られ、日本山岳会の会長を務めたこともある京都生まれの生物学者で、自宅/」
遠藤「今西錦司」

深澤が1点差に迫った直後、休みから復帰した遠藤が6点目を取ってリーチをかける。これで他の3人が浮き足立ったのか、誤答が目立つ。それによって遠藤が解答権を得る機会はなかったが、これでは自分の正解できる可能性を減らし、逆に遠藤を優位にするばかりである。36問目はなんと3人が休みとなり、遠藤のみに対する出題となってしまう。この問題は、遠藤はわからないとスルーにし、3人が少しだけホッとする。もっとも、遠藤有利は変わらない状況である。増田が3休から復帰し、遠藤と2人だけの対戦となる。

37問目「後に名前を「貞雄」と改名して逓信省に入り、仙台逓信局/」

解答権を取ったのは遠藤だった。少し考えた後、確信に満ちた声で「飯沼貞吉」を答え、7点目を取ると同時に弥生杯優勝者となった。


「飯沼貞吉」を正解し、優勝を決めた瞬間


 遠藤は全般に渡って安定した戦いぶりを見せ、またオープン上位を目指す人を対象にした弥生杯の優勝者になるべくしてなったといった印象さえ受けた。忍から小さなトロフィーを渡され、「このトロフィーは踏み台です。いつかもっと大きなトロフィーを手に入れてください。」と告げられ、小さなトロフィーを高々と揚げ、観衆の拍手に答えた。
 準優勝となったのは深澤。すっかりしょげて「もうクイズやめます」とかしんみりした口調で言い始めた。大学1年生とはいえ、中学時代から始めたので、少なく見てもクイズキャリアは7年に渡る。「オイオイ、こんな時に言うなよ〜」と思っていたが、沼田が「コイツがクイズやめるというのを聞いたのは5回目です」と、突き放すようなフォローを入れる。私も深澤の引退宣言は何度か聞いていたが、これで本当にやめたらシャレにならないだろうなぁ。
 3位は増田。実力はありながら運に恵まれず、オープン大会での活躍機会はほとんどなかったが、大学4年目にして初めての大舞台で存分にその力を発揮し、一応は友人である私としては、「ついにやってくれたか」という感じであった。
 4位は高山。ボード&タイムレースは素晴らしかったが、決勝は4人中最多である6回の誤答。実に半分の問題を休みで過ごしてしまったのが敗因であるのは明らかである。荒削りな面を直し、正確さが備われば安定して上位を狙える存在となるだろう。

 遠藤にトロフィーが渡された後、三賞授賞式となった。忍賞は増田。やはり同じ4年であり、私と同じ考えが働いたのだろう。沼田賞は一橋期待の星・駒形。各サークル称賛の的となるプレッシャーがある中、今大会で初めて予選を通過し、その期待に応えてくれたことが評価の対象となったのだろう。秋田賞は高山。タイムレースでの絶叫が秋田さんの心に響いたようである。


沼田賞を受賞した駒形(右)と沼田(中央)
「何やってんだか」という風に見つめる増田(左)

 大会自体も大成功と言える出来で、隣にいた黒巣も「すげーすげー」と連呼しており、閉幕する頃には「いい大会だったな〜俺も出たかったな〜」と、うらやましがっていた。この大会で、クイズを楽しみたいという人はたくさんいることや、実力を十分に持っているが、なかなか上に上がれない人がこんなにもいたというのは驚きだった。通常のオープン大会では、実力を付けてきても上位者もまた実力がアップしているので太刀打ちできないという理由で、クイズを楽しめないからとやめてしまうのは残念なことである。この大会に参加した人が、少しでもクイズの楽しさを与えられ、その後の大会で頑張ってもらうことを願いたい。


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