2007年04月21日

(17)『夢の樹が接げたなら』 - 「長門有希の100冊」を読む

「長門有希の100冊」No.75
 『夢の樹が接げたなら』
 作者:森岡浩之



一部、本書の根幹に関わるネタバレが含まれています。該当箇所は矢印で囲み、背景色と同じ色で記しています。

◎感想・評
 「言葉」は、人類最大の創作物の一つと言える。文明が発達した現代においても、人類が最も頻繁に使用するコミュニケーションツール。「言葉」が文明の進歩に大きく貢献したことは、疑いようがない。他方、用いる言語の違いにより、コミュニケーションに制約をもたらし、人種の隔絶を発生させることもまた事実。

 本書は「言葉」をテーマにした短編SFを、いくつか収録している。中でも表題作『夢の樹が接げたなら』は、(→)ある一つの人工言語を操れるか否かにより、進化できる人類とそうでない者の間に差が生じる問題を描いた。(←)
 (→)言語は学習できるものであるが、本書に登場する人工言語「ユメキ」は適合性を要求され、学習可能な者とそうでない者という差異を生み出す。ユメキは元々、先天性言語機能不全を治療するために創られた人工言語であった。この言語を健常者に移植できれば、普通の言語を操っている人間が長い思惟の果てに辿り着ける結論に、直観的に到達できてしまう。正に天才を生み出す言語であり、この言語の導入により、人類は確実に進化する。だが、適合者でなければユメキを習得することができない。進化できる者とそうでない者が、人工言語の習得可・不可によって生じてしまう。異言語を操る民族紛争ではおさまらないレベルの対立が予想され、非常に空恐ろしい。主人公が最後につぶやく「すべての人に夢の樹が接げたなら」が重く響く。(←)読む前はタイトルの意味がよく分からなかったが、読んだ後、これほど的確なタイトルは無いなと感心。
 思索に用いる言語により、人類は飛躍的に進化する可能性を秘めているのでは。なんてこと、今まで考えも付かなかった。


◎『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズへの影響
・思考に用いるツール
 情報統合思念体は、有機生命体と直接コンタクトを取れない。情報統合思念体としては、有機生命体の用いる「言葉」という不便なツールなど、用いていないからである。
 (→)本書でも、ユメキを使えるようになった者は、日本語などという不便なツールなど使っていられなくなり、結果として日本語使用者とのコンタクトを取らなくなる。(←)
 「言葉」の使用・不使用の差はあれど、高位の存在の思考手段は、我々が操る言語より優れたツールを用いている。


◎他
 本作は『星界の紋章』『星界の戦旗』『星界の断章』という星界シリーズで著名なSF作家・森岡浩之氏のデビュー作に位置づけられている。同シリーズには体系的な人工言語アーヴ語があり、氏の人工言語に対する関心の深さが伺える。

 本書に収録されている短編の中で、私が特に気に入ったのは『スパイス』と『個人的な理想郷』。いずれも、言葉がテーマではない短編ではあるが。
 『スパイス』は、一方の主人公を評した言葉「やみくもに活動しているようで、あとで振り返ると、そのばらばらの行動は大きな目的を達成するための布石だったことが分かる」が、そのまま本作にも当てはまる流れで、結果に至るまでの過程を楽しめる。
 『個人的な理想郷』は、受動と能動の差はあるが、ネットの巡回行為のように思える。自分が興味ある情報しか取得しなくなることで、自分の中での“世界”を小さくしてしまうことへの警鐘のように思えてしまう。

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関連アーカイブ
(16)『イメージシンボル事典』
(15)『トンデモ本の世界』
(14)『ゲーデルの哲学 不完全性定理と神の存在論』
(13)『金なら返せん! 地の巻』
(12)『金なら返せん! 天の巻』
(11)『時間衝突』
(10)『吸血鬼伝承「生ける死体」の民俗学』
(9)『有限と微小のパン』
(8)『昭和歌謡大全集』
(7)『夏への扉』
(6)『パスカルの鼻は長かった』
(5)『猫たちの聖夜』
(4)『バブリング創世記』
(3)『海がきこえる』
(2)『たったひとつの冴えたやりかた』
(1)『復活祭のためのレクイエム』

関連ページ
長門有希の100冊

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