(10)『吸血鬼伝承「生ける死体」の民俗学』 - 「長門有希の100冊」を読む
「長門有希の100冊」No.64
『吸血鬼伝承「生ける死体」の民俗学』
作者:平賀英一郎

◎感想・評
「吸血鬼」。その単語からは、色々なイメージが膨らむ。私自身、試しに列挙してみる。
・血を吸う
・ドラキュラ
・美形
・美女を襲う
・化け物
・コウモリに変身
・十字架が弱点
・ニンニクが弱点
・夜行性
・太陽の光を浴びると灰になる
・鋭い牙を持つ
・不老不死
・血の代用品はトマトジュース
etc.
最後のは関係ないような。まぁいいか。以上のように、ざっと考えただけでも思いつくイメージは多数ある。しかし吸血鬼は架空の生物であり、生態研究が行えるものではない。人間の想像によって“吸血鬼”像は少しずつ形作られたものである。その根本的イメージは、商業作品でも文学作品でもなく、民俗学的研究の対象となる、土俗の妖怪が源である。ところが、物語の素材としてこれほどポピュラーな吸血鬼について、発祥である東欧・バルカン地域の民族を包含した研究というものは、驚くほど少ない。本書は、「生ける死体・吸血鬼」を、民俗学的見地から記述した、希少な研究書である。
本書は5章立てで構成されている。
まず第1章は、民俗学的研究で心得ておきたい下地について。日本では「吸血鬼」と呼ばれているものの、実のところ「血を吸う行為」が必ずしも“生ける死体”の条件ではないこと。吸血鬼は土葬文化の地域でしか伝えられないこと。発祥当時、死が非常に身近な存在であったこと。吸血鬼の研究を読む前に、最低限知っておきたい知識が詰まっており、吸血鬼のことを意外に知らないことを自覚する。
第2章は、東欧・バルカン地域における吸血鬼の特徴について。また、吸血鬼事件の事例記録の引用も。現代では荒唐無稽とも思える事件報告ではあるが、当時の人々が吸血鬼を信じ、畏れていたことがよく分かる。
吸血鬼になりやすい人の特徴についても言及されている。中には「土曜日に生まれた者」など、「え? 何で?」と思うものも。理由について言及していないが、多分、キリスト教文化と関係があるのだろうか。また、やたらと「死後40日」という縛りがあるのも気になる。
「吸血鬼」の呼び方についての語彙を豊富に紹介している。「ヴェドゴニア」「モーラ」「ストリクス」あたりで「おっ、ニトロプラス」とか思ったり、「エリアーデ」で「おぅ、D.Gray-man」と、ヲタ反応してしまう。
第2章を踏まえての第3章。各地の吸血鬼伝承を調べた結果、「吸血鬼」を表す語は一定しておらず、意味するところも一定していない。それでも「吸血鬼」の全体像を、この章でまとめている。吸血鬼の性質として、血を吸う行為への言及事例は、意外と多くない。他方、夢魔や魔女について、同等の吸血行為が語られている点が興味深い。また、吸血を行う部位が胸部であることが多い点は、シンボル的な側面を内包していることも分かる。(もし実際に吸血を行うとしたら、その部位は物語における吸血鬼のように、首筋か腕・脚から吸うのが自然である。)こうして本書を読み進めると、今日の吸血鬼像について、後付けによるセンセーショナルなイメージの方が、いかに強いかが分かる。
第4章は「ヴァンパイア」という単語の語源について。第3章にて、「吸血鬼」を指す名称の系統として、「ヴコドラク vukodlak(人狼)」「ストリゴイ strigoi(魔女)」「モロイ moroi(夢魔)」「ヴァンパイア vampire」の4系統を挙げている。このうち前の3つが他の異能者を表した語を転用した名称であるのに対し、「ヴァンパイア」のみが「吸血鬼」に対する固有の語彙であることに着目。各地の「ヴァンパイア」の語源に関係がありそうな語を記している。この語源を探るためにピックアップされた語彙が驚くほど豊富。単語の語源を探ることって、本当に大変だ。
最後の第5章では、吸血鬼に関わる世界の歴史について。西欧での吸血鬼伝承や、ペスト禍、魔女狩りなど、社会との関わりについて述べている。社会というものは、いつの時代になっても妄想・空想による産物を生み出すものだ。
◎『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズへの影響
ハルヒシリーズへの影響よりも、本書は谷川流氏の別作品である『学校を出よう!』シリーズに影響を与えた本であることは明らかかと。『学校を出よう!』の5巻・6巻は、まんま吸血鬼を題材にした話で、本書をバックボーンにしているものと考えられる。
ちなみに、あえてハルヒシリーズへの影響を考えてみると、長門有希はキョンや朝比奈みくるにナノマシンを注入する際、腕に噛みつくことでそれを実行している。ある意味では、これは「噛みついた相手も仲間(吸血鬼)になる」という、(そっくり長門の能力を得るわけではないが)伝承の吸血鬼に類似した行為とも取れる。
◎他
吸血鬼を題材にした物語は数多くあれど、これほど民間伝承の吸血鬼について研究された本は、類が少ないと思われる。今後、吸血鬼を題材にした物語を作る方には、ぜひ一読をお薦めしたい研究書である。本書を読むことで、吸血鬼についての想像の幅が広がること受け合いである。
本書の中に、『カラマーゾフの兄弟』の作中の人物についての言及がある点、少し気になった。『カラマーゾフの兄弟』もまた、長門有希の100冊にリストアップされている本だけに、読む時が少し楽しみである。
「「長門有希の100冊」を読む」も、ようやく10冊目。百冊に対する単純な等分はできないけれど、一つの目標点に到達できた感じである。今後も一冊一冊、少しずつでも進めていき、できるだけ多く「長門有希の100冊」に触れたいところ。
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関連アーカイブ
・(9)『有限と微小のパン』
・(8)『昭和歌謡大全集』
・(7)『夏への扉』
・(6)『パスカルの鼻は長かった』
・(5)『猫たちの聖夜』
・(4)『バブリング創世記』
・(3)『海がきこえる』
・(2)『たったひとつの冴えたやりかた』
・(1)『復活祭のためのレクイエム』
関連ページ
・長門有希の100冊
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ドラキュラ以前の吸血鬼に興味ある方におススメ。
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