(5)『猫たちの聖夜』 - 「長門有希の100冊」を読む
「長門有希の100冊」No.91
『猫たちの聖夜』
作者:アキフ・ピリンチ(訳者:池田香代子)

◎感想・評
本作は「ドイツ・ミステリ大賞受賞作」という肩書きから分かる通り、ミステリ小説、推理小説に分類される作品である。ただ一般的なミステリ・推理小説と異なるのは、主たる登場人物が猫であるということ。(「登場人物」という言い方は適切ではないかも知れないが、出てくる猫たちは自分らに対して「人生」という言葉を用いたりしているので、この辺の記述については気にしないことにする。)主要キャストが猫で占められていることは、奇をてらったわけではなく、猫だからこそ成り立つお話だから。どういうお話かは、本書を読んでのお楽しみ。
猫が活躍する探偵モノといえば、赤川次郎の三毛猫ホームズ、リリアン・J・ブラウンのココが双璧であるが、いずれも人間との二人三脚である。ところが本作の主人公フランシスは、自身が一人称の探偵役を務める。
フランシスは人間以上の知識と知力を有し、探偵役を務めるにふさわしい、好奇心と勇気、そして正義感を備えている。非常に語彙が豊富で、その話術は軽妙かつ絶妙。ともすれば聴くに堪えない罵詈雑言となりそうだが、語り口がウィットに富んでいて、眉をひそめるよりも笑いが先に来てしまう。猫独自のアクションシーンとラブシーンをもこなしてみせ、ハードボイルドの主人公としての役割も全う。肉球付きの分際で格好良すぎる。
以下、主な登場人物。本作を読み進めていると、猫の思考と行動が実に人間くさく、より親近感を覚える。
(猫)
青髭:近所の顔役。フランシスの助手、というほどではないが、良き協力者となる。
パスカル:長老猫。パソコンを操作して、事件の解決に協力。
コング:近所のボス的存在。脳筋というか、ジャイアン。
ヘルマン&ヘルマン:コングの忠実な部下×2。
ヨーカー:宗教の主導者。痛みに耐え殉教した猫クラウダンドゥスについての教えを広める。
イェザヤ:墓守。信仰心が異常に篤く、亡くなった者たちに花を手向ける。
(人間)
グスタフ:フランシスの飼い主。古代エジプト文明の本を執筆したいがため、三文ポルノで糊口を凌いでいる。悪い意味での「いい人」タイプ。
プレトリウス:画期的な発明を成功させるために、悪魔的な実験を行ったキティGuy博士。
最終局面で“犯人”が紡ぐセリフを読むうち、「どうしてコイツはこんな歪んだ思想に取り憑かれ、その思想を修正してくれる存在・事象に巡り会わなかったんだろう」「どうしてコイツは、目的達成のためなら平然と同族を殺すことのできる“化け物”になってしまったのか」と、救いの手を差し伸べてもらえなかった“犯人”に対し、深い無力感を味わう。猫でも人間でも、誰かがほんの少しだけ、愛情や優しさを教えていれば、こんな恐ろしい悲劇には至らなかったはずなのに。特に、最終局面に至る前、フランシスが普段小馬鹿にした口調で語っていた飼い主グスタフについて、「彼をほんとうに愛しているこの世で唯一の生き物」が自分であることを吐露していただけに尚更。フランシスと“犯人”が抱く人間への愛情と憎悪のあまりの落差に、悲しみを禁じ得ない。
世の中には悲劇が溢れかえっており、その全てが救われるわけではない。本書の“犯人”についても、救いが無かったし、最後まで救われなかった。この作品を読み終え、偽善で綺麗事だとは分かっていても、願わずにはいられない。「いつか世界中の全ての猫が、幸福なクリスマスを送れますように」
哀しい結末ではあったけれど、本書のおかげで、充実したクリスマスシーズンを過ごせた。
◎『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズへの影響
・フランシスとシャミセン
人間顔負けの思考を行う猫というと、やはり真っ先にシャミセンが想起される。本作の主人公フランシスは歴史・考古学専攻、シャミセンは哲学専攻の猫だが、これはお互い、近しい人間の嗜好にソックリ(シャミセンの近しい人間を長門有希とした場合)。
なおフランシス自身は人語を発しないが、(作中において)ホントかウソかは判然としないが、一時的に人語を操って人間と会話を成立させた猫が本書にも登場する。もっともこの作品の猫は、宗教を主導したり、パソコンを操ったりするファンタジーの要素も加味されているので、猫が人語を操っても不思議じゃなかったりする。
・フランシスが見る「悪夢」と、長門有希の幻想ホラー『無題』3部作
本作において、フランシスはたびたび悪夢にうなされる。それは大抵、事件に関連する、ひどく陰惨で抽象的な内容である。おぞましい悪夢の内容なぞ、早く思考の埒外に飛ばしてしまいたいところではあるが、この悪夢の内容こそが事件解決のための立派なヒントとなっている。
“抽象的な物語”といえば、ハルヒシリーズでは幻想ホラー『無題』3部作。『無題』3部作の解釈についてはいまだに議論半ばであるが、これが過去・現在・未来を抽象的に記した文章であるのが大方の見解である。つまり『無題3』は未来の物語についてのヒント、といえる。
まぁ、作中で“抽象的な物語”が一見意味不明に語られ、後で「あの話はこういうことだったのか」ってな感じのヒントになっている、というケースは往々にしてよくある。なので、これはちょっと無理矢理な結び付け方であることは百も承知。ただ、『無題3』は長門有希が提示した予言や希望などではなく、「悪夢」だとしたらどうかなと。
・谷川流氏が一般教養として元から知っていた可能性もあるが、キョンが強制ハイキングコースで喩えに用いた「シシュフォス(シジフォス、シーシュポス)」が、本作品中でも比喩表現として用いられている。
◎他
原文注釈が、猫について詳しすぎる。全部で13の注釈があるのだが、そのいずれもが猫についての専門的な知識である。私自身、初めて知る情報が多く記されており、作者の猫に対する関心の深さが伺われる。その関心の深さは、すなわち愛情の深さに通じるかと。
作中に登場する「缶切り野郎」のネーミングは秀逸。最初、何のことだか分からなかったけれど、理解した瞬間、クスッとなった。猫から見た人間の呼び名って、そんなもんかな。ちなみに私はドライフードをあげることが多かったんで、さしずめ「カリカリ君」かな。
本書の原題は『Felidae(猫族)』。これに『猫たちの聖夜』という邦題を付けた池田香代子氏は、実にいい仕事をしておられる。物語の最終局面がクリスマスであること自体は、実はそんなに重要ではない。また陰惨かつ血なまぐさい内容に対するタイトルとしては、ちょっとメルヘンチックがすぎるてらいもある。それでも『猫たちの聖夜』としたことで、クリスマスが事件解決に至る重要な日であることを認知でき、読み進める際の助けになる。『フェリダエ』『猫族』という原題のままでも、別の方向性で本文内容の助けにはなるけれどね。でも個人的には『フェリダエ』よりかは『猫たちの聖夜』の方が好き。
以前、私が実施した「長門有希の100冊」東京都品川区の図書館における蔵書数調査において、本書は10館中9館に収蔵されていた。これにより「長門有希の100冊」中、品川区内での収蔵館数ナンバー1の作品となっている。
最後に、全く関係無さそうな一言。「人間っぽい猫」といえば「ねこマン」がいるよなぁ。
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関連アーカイブ
・「長門有希の100冊」を読む(4)『バブリング創世記』
・「長門有希の100冊」を読む(3)『海がきこえる』
・「長門有希の100冊」を読む(2)『たったひとつの冴えたやりかた』
・「長門有希の100冊」を読む(1)『復活祭のためのレクイエム』
関連ページ
・長門有希の100冊
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