2006年10月01日

(1)『復活祭のためのレクイエム』 - 「長門有希の100冊」を読む

「長門有希の100冊」No.20
 『復活祭のためのレクイエム』
 作者:新井千裕


◎感想・評
 とにかく修飾語句が笑えるほど充実している作品。「セリフが回りくどくて余計」なんてことはこれっぽっちも感じず、次は一体どんな表現がくるんだろう、と楽しみながら読み進められた。
 内容の方は、コピーライターである主人公の「私」が、商品を売るためのコピーを生み出すための展開が中心。それと平行する形で、主人公が昔家庭教師をして、今は女装癖がついてオカマバーで働く「彼」との話も進む。また「W1(ダブルワン)」なる、あらゆるものへと変化する“言葉”の話が随所に挿入される。この「W1」の話が物語とは関係なさそうでいて、実は大いに関係していたりする。
 コピーライターという職業に対するイメージが、がらりと変わった。コピーライターというと「感性」に秀でた人がなるもんだと思っていたけれど、実のところ、その「感性」が一体何なのかよく分からないことに気付かされる。地道に言葉の再構築を延々続けるのみで、精神的に相当タフでないとできない仕事なんだなぁと。作中、主人公があれこれ考えたスーツのコピーは、「おぉ」と私的に唸ってしまうものが多い。しかし良案と思われるコピーをいくら提出しても、仕事が上手くいかない。というか作品の善し悪しとは関係ない要素で決まることすらある。私がコピーライターという職業を、「才能」とか「感性」といった曖昧な一語で片づけることは、もう無いであろう。
 「誰をどれだけ幸福にしたかは分からない」は、コピーライターに限らず、創作活動を行っている人物全般に言える言葉かと。
 「W1」のエピソードは、作中の内容ほどでは無いにしても、一度は考えたことがある。今、自分自身を構成している一部分は、十億年前はどんな“存在”だったのか。十億年後にはどんな“存在”になるのか。そんな広大な考え方をしなくても、「今、自分の脳みその一部分は、吉野家の生姜焼き定食の一部で構成されているのかなぁ」とか。「W1」の変容が、意外性があって面白かった。


◎『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズへの影響
・言い回しのクドさは、キョンの言い回しに通じる部分がある。主人公がコピーライターだけあって、表現手法が異常なほど多彩。序盤を抜き出しただけでも
「私が成人式を迎えた時にはまだ初潮も迎えていなかったような女子大生」
「五年後にはアデランスを使いそうなサラリーマン」
「ようやくコンドームの使い方に慣れたといった感じの初々しいカップル」
とまぁ、説明・比喩の仕方が妙に凝っている。そして主人公についての説明が無くても、「こういう表現を用いる人物」として、人となりが理解できてしまう。これってキョンの人となりに通じるかなと。

・主人公は「彼女」と初めて出会った日、カレンダーに赤丸を付けている。キョンがハルヒと初めて出会った日に赤丸を付けているエピソードを知っている身としては、この場面でニヤリ。ただ、赤丸を付けた理由がちょっとアレ。

・リョコウバトが絶滅したエピソードが描かれている。谷川流氏がこの作品で知ったのか、それとも元から知っていたのかは分からないが、リョコウバトが出てきたシーンでもニヤリ。

・「私」「彼」「彼女」と、主要な登場人物に名前が無い。あったとしても、源氏名のセーラちゃんとリリイ(=彼)ぐらい。「キョン」とは真逆っぽい。

・世界で一番幸せな人(→平凡ではない生活を送っている人)を探してみたい、という描写がある。ハルヒが語った「自分は平凡な存在」→「世の中にはちっとも平凡ではない、面白い生き方をしている人がいるに違いない」って考えに通じるイメージがある。


◎その他
 そういえば、ハルヒシリーズでは今のところ「女装」はまだ無かったかな。一回くらい、あっても良さそうなのに。

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「「長門有希の100冊」を読む(1)」としたけれど、(2)とか続けるかは不明。

長門有希の100冊

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コメント

はじめまして。度々ROMらせていただいていました者です。

「長門有希の100冊」各本の「ハルヒ」への影響関係を調べるというこのアイデアは大変素晴らしいものと思います。
100冊のセレクトに谷川氏が大いに関わっているのであれば、この試みは文学部の<作家研究>相当にもなりますし。

もし管理人様がお時間ある時に続けられたら、とても面白いかと思います。いや、面白かったのでイチ読者としては勝手ながら続きをいつの日にか期待しております。

それでは失礼します。

>夕刊様
こちらこそはじめまして。激励のコメント、ありがとうございます。
「長門有希の100冊」は、明言されてはいなくとも谷川流氏が選出し、ハルヒシリーズに対して何らかの影響がある書物の集まりではないかと思っておりました。そして実際に「長門有希の100冊」に選ばれている書物を読んで、これこれこういう描写が影響を与えたのではないか、と想像しながら読むのも一興かと思い、この文章を書き記してみた次第です。
ややこじつけっぽい記述になるかも知れませんが、今後も機会を作って、「「長門有希の100冊」を読む」のコーナーを続けていきたいなと思っています。

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